エジプト統一王国の形成と展開とエジプトの文化

古代オリエント世界
By: Paul Mannix

エジプトのナイル川の氾濫で灌漑され農地の生産力は高かった。
ナイル川は各地を結ぶ交通路の役割。

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「エジプトはナイルのたまもの」

ギリシアの歴史家ヘロドトスの言葉。

ここでは早くからエジプト語系民族の多くの民族が
国家統一以前に各地に約42の村落(ギリシア語:ノモス、エジプト語:セペト)が
分立。

強力な指導者がナイル川の治水、
公平な分配、共同作業で必要だったために
統一したがっていた。

多数のノモスは
下流デルタの下エジプトと
それより上流の上エジプトの2つの王国にまとまり、

上エジプトのメネスが全エジプトを支配し、
統一王国を形成した。

 

ファラオと呼ばれる王が統治。

古代エジプト王国とはメネスによって統一されてから、
アレクサンドロス大王に征服されるまでの期間に30の王朝が交替した時代。

重要な時代を古王国・中王国・新王国と区分。

古王国時代

前27世紀ごろから始まる第3~第6王朝までの500年をいう
都はメンフィス。ファラオが神の化身として君臨し、神権政治を行った。
ギザの三大ピラミッドはクフ、カフラー、メンカウラーの3人の王を指す。
クフ王のものが最大。
第6王朝の後、ファラオの権力は衰え、各地のノモスが独立する。
この時期を第1中間期と呼ぶ。

中王国時代

前22世紀ごろになると、上エジプトのテーベにおこった王家が再び全土を統一。第11王朝を開いた。
メソポタミア方面からのヒクソスによる侵入でし、エジプトを約100年支配した。
この時期を第2中間期と呼ぶ。

新王国時代

第18王朝~20王朝までの500年間のこと。
第18王朝のハトシェプスト女王は
南方のプントに船団を送って交易したことで知られている。

また、トトメス3世はシリアやヌビア(スーダン)を征服し、
古代のナポレオンと呼ばれる。
ラムセス2世はシリア領有を巡って争ったことはメソポタミア参照

アメンホテプ4世

アメンホテプ4世アモン神中心の多神教から唯一神アトン神の崇拝を強行。

テル・エル・アマルナに遷都し、
自身もイクナートンと改名した。

宗教の規制から解放されたエジプトでは
自由で写実的な美術(アマルナ美術)が生まれた。

ツタンカーメン王

次のツタンカーメン王の時代には
都をメンフィスに移し、アモン神の信仰が復活した。

(ツタンカーメン王の遺跡はイギリスのカーターとカーナヴォンが完全な形で発掘した。)

古代エジプト王国のおわり

前12世紀ごろからエジプトの権威は落ち始め、
前7世紀にはアッシリアの侵攻を受け、
前525年アケメネス朝に征服され、
前332年アレクサンドロス大王の征服を受け古代エジプト王国は終りを迎える。

エジプトの文化

太陽神ラーを主神として崇めていて、
テーベに遷都するとテーベの守護神アモンと結合し、
アモン・ラーとなりアメンホテプ4世の時代を除いて
ほぼ全国的に崇拝された。

霊魂不滅と冥界のオシリス神を信じたエジプトでは、
遺体をミイラとして保存し死者の書(パピルス文書)などと一緒に埋葬した。

文字

  • 神聖文字石碑・墓室・石棺用
     ナポレオンがエジプトに遠征の際に発見したロゼッタストーンの碑文をもとにシャンポリオンが解読に成功。
  • 神官文字パピルス草から作った紙に宗教書・公文書・文学作品
  • 民用文字…日常的に用いる

太陽暦…1年を12ヶ月365日とする暦。
ローマで採用されてユリウス暦になりました。

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