エーゲ文明

ギリシア世界とヘレニズム世界

19世紀まで
人々はポリスが現れる以前のギリシアは未開の社会であり、ホメロスの叙事詩空想だと思われていた。
ホメロスのイリアスを参考に、ドイツの考古学者・シュリーマンミケーネ文明トロイア遺跡)を発見し、エヴァンズクレタ文明の中心地、クノッソス宮殿を発見した。クノッソス宮殿は紀元前1450年ごろ崩壊したとみられる。
その原因は、クレタ島北にある火山の噴火が原因とする説と、
ギリシア本土からの侵略が原因とする説がある。

これらは前20世紀から前12世紀エーゲ海からその周辺に栄えた文明で
エーゲ文明と呼ばれる。
エヴァンズはホメロスの叙事詩に現れる伝説的なクレタの王ミノスに由来することからミノス文明(ミノア文明)(紀元前2000年ごろ~紀元前1450年ごろ)と呼んだ。クレタ文明は絵文字と線文字Aを考案したが、それらは今なお解読されていない。
クレタ島にはクノッソス、マリア、ファイストスなどの小王国があったが、クノッソスが前2000年頃にはクレタ島を統一したらしい。

クレタ島はぶどう酒や羊毛などの産地でとても豊かな土地だった。

前2000年の少し前に、インド=ヨーロッパ語系民族がバルカン半島や小アジアに流入。彼らがギリシア人の祖先であり、その一部のアカイア人がミケーネなどの王国を作り、小アジアに侵入ししたギリシア人がトロイアも占領。ミケーネ人はクレタ島まで進出しクレタ文明に触れ、線文字Bを作った。線文字Bはイギリスのマイケル・ヴェントリスギリシア語を手がかり解読に成功している。ミケーネ人はクレタ文明を滅ぼし、ミケーネ・ティリンス・ピュロス・オルコメスなどの小王国が繁栄。代表的な王国をとってミケーネ文明と呼ぶ。(ピュロス王国の村落にはわずかながら農民自分たちの私有地を持っていた。)
前1260年~前1250年
ミケーネ諸国は総力をあげてトロイアを滅ぼした。
前1200年~前1100年ごろ
教科書的にはドーリア人の南下、あるいは海の民の攻撃によってミケーネ文明は滅亡。

ミケーネやティリンスその他都市はもちろん崩壊。
線文字も消滅した。

ドーリア人の南下により他のギリシア人も移動。
アイオリス人レスボス島や小アジア北西岸
イオニア人アカイアからアッティカ・小アジア中央西岸に移動

かつてはドーリア人の移住により、
ミケーネ文明の崩壊と小アジアへの移住を説明していたが、
最近の考古学の研究の結果では、
乾燥期にあまりにも不作となり、飢饉を引き起こした

という説が支持されている。
前12世紀~前8世紀ごろ、
資料不足で不明点が多く、暗黒時代と呼ばれたり、

ヨーロッパ史の中世からとってギリシアの中世と呼ばれる。
青銅器時代が終わり鉄器時代になったためだと考えられている。

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