春秋時代

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周の東遷

前770年、西周第12代幽王のときに北方のチベット系異民族犬戎(けんじゅう)によって都の鎬京(こうけい)が攻め落とされ、洛邑(らくゆう)(洛陽)に遷都した。これを周の東遷と呼び、以降の周を東周(前770~前256)という。

春秋時代の幕開け

春秋時代とは?

春秋時代とは周の東遷から前403年、晋が分裂するまでをいう。春秋時代の名称は孔子が書いた魯の史書「春秋」に由来する。

尊王攘夷論

春秋時代、周王の権威はまだあり、有力諸侯は
しばしば、周王を敬い、異民族の侵入を打ち払うという
尊王攘夷を唱え、同盟の盟主になることによって勢力を張ろうとした。

覇者

諸公の同盟の盟主となった諸侯を覇者と呼び、代表的な5人を春秋の五覇と呼ぶ。
最初の覇者で、管鮑の交わりで有名な名宰相管仲が補佐をした斉の桓公と晋の文公の2人は確定。あとの3人は楚の荘王呉の闔閭(こうりょ)越の勾践(こうせん)、あるいは呉越の代わりに宋の襄公(じょうこう)、晋の穆公(ぼくこう)、楚の荘王の代わりに呉の夫差(ふさ)とする説がある。臥薪嘗胆の故事は越王勾践と呉王闔閭・夫差父子との激しい戦いに由来する。。

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