戦国時代(中国)

古代中国文明
前漢
前403年
は家臣によって、韓・魏・趙に分裂。
前漢の劉向(りゅうきょう)が編纂した戦国策に戦国時代の名は由来する。
晋の分裂を春秋時代と戦国時代にわけたのは北宋の司馬光(しば こう)の資治通鑑(しじつうがん)による。
戦国時代には周王の権威は地に落ち、
斉・楚・秦・燕・韓・魏・趙の7国は戦国の七雄と呼ばれ、王を称し
国も邑の連合体だったものが、領土国家へと変わり、
秦・魏・趙・楚などは開墾や水利事業を推し進めて、
農地開発をすすめた。
西方の秦の孝公は都を咸陽(かんよう)に移し、法家の商鞅を用いて、
郡県制や分異の法、什伍の制、軍功爵などの変法を実施し、富国強兵に成功する。
秦に対抗して同盟を結ぶ合従策や、秦と結ぶ連合策などが行われたが、
秦は6国の分断を謀り、6国と周を次々と滅ぼした。
前221年中国を統一した。
社会の変動
 戦国時代には農業は飛躍的進歩し、牛耕農法や鉄製農具が普及。
趙の邯鄲(かんたん)や斉の臨淄(りんし)など商業都市も登場。
貝貨(ばいか)とともに青銅貨幣が用いられ、秦の円銭(環銭)、楚の蟻鼻銭、
韓魏趙の布銭、斉や楚の刀銭などが流通した。

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