前漢の滅亡と新

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宦官と外戚による腐敗政治

武帝の死後、後宮に仕えた去勢された男子である宦官(かんがん)と、皇后や妃の親族である、外戚(がいせき)が権力を握り、皇帝の権力は弱体化し、宮廷内は混乱。
また、重税から逃げ出した人の所有していた土地を買い占めた豪族が出現。

宦官

去勢された男性。つまり、男性器を切られた男の人をさす。去勢はもとは牧畜文化圏で捕虜や罪人に対して行われる刑罰の1つであった。

しかし、彼らは後宮(こうきゅう)に出入りして、皇帝の世話をする役目を果たしたことから、お金や権力を求めて、自らペニスを取り除くものも多くなった。彼らはやがて団結し。官僚や外戚と仲が悪くなっていき、しだいに政治を混乱させるようになっていく。

外戚

皇后や妃の親族。幼くして皇帝が即位した場ときには、皇太后やその親族が後見役となることが多く、政治の実権を握ることができるようになった。

哀帝の政治

前7年哀帝限田法で大土地所有の制限しようとするも豪族の反対で失敗。

王莽による前漢の滅亡と新

前漢の滅亡

外戚王莽(おうもう)は儒教を利用して、幼年の皇帝の外戚として実権を握っていった。紀元8年前漢の皇帝を毒殺して、みずから皇帝となり、を建国。都は長安。

新の政治

王莽は周の政治を理想として、周礼などの経典を元に復古政治を行ったが、あまりに時代錯誤だったため農民や豪族の反抗を招いた。

新の滅亡

こうした中農民の反乱である赤眉の乱を招き、新は15年で滅亡した。反乱軍は一時長安を占領。王莽は紀元後23年に殺された。
赤眉の由来
陰陽五行説(五行相生説)で青・白・黒・赤・黄の5色の中で歴代王朝の順番に決まっていた。反乱を起こした農民たちは漢の復活を願って、漢のシンボルカラーである赤を眉毛に塗り、王莽の軍隊と見分けたことによる。

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