アンデス文明

アンデス山脈一帯に栄えた文明をまとめて、アンデス文明と呼ぶ。(現在のペルー中心)
前1000年頃ペルー北部「アンデス文明の源」と呼ばれたチャビン文明が繁栄した。
紀元後ペルー南部に栄えたナスカ文明は非常に大きな地上絵を描いたが、その目的は現在もわかっていない。
それからボリビアの高原地方ではティアナコア文明が繁栄した。石像建築技術に優れていた。
インカ帝国
1200年ごろ、インカ族(ケチュア族)は現在のペルー中心にエクアドル~チリ一帯の王国を統合して.
高度な文明であるインカ帝国を建国した。人口は600万人~800万人。都はクスコ
クスコには発達した石像建築技術により、太陽信仰のための神殿や皇帝のための宮殿が作られた。
太陽神とされた皇帝はインカ帝国を優れた組織により統治した。
また、道路網も発達しており、人間が走る飛脚を用いた駅伝制を整備していた。
インカ帝国では文字が使用されていなかったがキープ(結縄、縄文字)と呼ばれる
縄の結びで十進法によるシステムを成立させ、意味や数を表し、
記録や統計に用いられた。
金や銀の鋳造が行われ、数々の技術を使った金属細工が作られたが、
鉄器は知られていなかったので、農業は新石器を用いて行われた。
ジャガイモなど根菜類が主食。それとラクダ科のリャマやアルパカを家畜として使われていた。
青銅は祭祀の道具の原料として用いられた。
1533年スペイン将軍のピサロが皇帝アタワルパを捕まえて処刑し、
インカ帝国は滅亡した。
インカ帝国の高い文明の姿は,1911年に発見されたアンデス山脈
マチュ・ピチュ遺跡にうかがい知ることができる。

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