唐の社会~西域商人の活躍と市場独占と貧富の拡大~

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は唐代に城郭内の一区画に設けられた商業交易のための地域。長安の東市・西市が有名。

市舶司

市舶司(しはくし)は玄宗時代に広州に初めて設置された海上貿易管理機関のことである。

その機関はその後、泉州、上海などの貿易港に置かれ、官民貿易や渉外、徴税に治安などを司った。

胡人の活躍

海上貿易ではイスラーム商人のアラブ人が中心的に活躍した。
イスラーム商人の居住地(蕃坊(ばんぼう))として揚州に置かれた。
イスラーム商人はこの都市を江都(カンツー)と呼んだ。

陸路貿易で活躍したイラン系民族ソグド人である。
中央アジアの
ソグディアナ地方(康国(サマルカンド)安国(プハラ)石国(タシュケント)史国(キッシュ)など)の住民で、
彼らは出身地をそのまま自分の名字として名乗り、唐の長安にも多数住んでいた。

マニ教や様々な書物や物品をもたらし、唐の文化を国際的に豊かにした

当時の中国は西域商人とともに、彼らの文化が流入して、ソグド人に代表される西域出身者を胡人と呼び、長安には胡姫(西域出身の女性)が接待する酒場が流行り、胡学(西域音楽)・胡旋舞(西域舞踊・ベリーダンスやウズベクダンスのような体を旋回させるダンス)・打毬(ポロ競技)など西域文化がもてはやされた。胡餅(こへい)と呼ばれる小麦を製粉して食べる習慣もこの頃定着した。

 また非漢民族出身の将軍である蕃将(ばんしょう)(タラス河畔の戦いで負けた高句麗出身高仙芝やソグド系禄山など)が活躍し、インドからは密教の僧が来訪したのに加え、日本や新羅からは留学生が多数やってきたりするなど、中国歴代王朝のなかでも国際性が際立っている。

市場独占と貧富の拡大 

唐の後半には貨幣経済の発展に伴い商業が急速に活性化したため、坊市制(ぼうしー)や国家による商業統制は崩壊に向かった。

商人は行(こう)と呼ばれる同業者組織をつくり、
飛銭(ひせん)と呼ばれる重い銭の代わりに
送金する手形が使われるようになった。

また、地方には草子(そうし)と呼ばれる市場が開かれるようになり、
鎮や市と呼ばれる小さな商業都市へと発展していった。

中には経済の発展についていけず、貧しくなっていく農民も出てきて、貧富の差が拡大した

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