天平文化の特色とは?宗教から社会起業家まで!!

奈良時代
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天平文化の概要

特徴

天平文化(てんぴょうぶんか)は、
盛唐文化(せいとうぶんか)の影響をうけた
グローバルな文化です。

天平文化は聖武天皇の時代の年号にちなんで付けられました。

国家仏教

鎮護国家

鎮護国家(ちんごこっか)は
奈良時代の国家仏教のあり方を直接的に示す思想のことです。

鎮護国家

護国の経典

国王が仏教を尊く、敬っていれば、
おおくの仏が国を護ってくれることを説いた経典のことです。

護国三部経

護国の経典として重要とされた
金光明経・仁王経・法華経の3つを
護国三部経(ごこくさんぶきょう)といいます。

本朝三戒壇(天下三戒壇)

正式に僧侶になる(=得度する・とくどー)ためには
授戒(じゅかい)する必要がありました。

授戒とは仏教において僧が守らないといけない戒律のことです。

授戒するために、
戒壇(かいだん)という仏教の戒律を授ける寺を
全国に3ヶ所設けました。

唐僧・鑑真は東大寺に初めて戒壇を設け、聖武天皇らを授戒しました。
その他ののこりの二ヶ所は
筑紫国観世音寺(ーかんぜおんじ)と下野国薬師寺です。
筑紫国観世音寺は玄昉が流された寺でもあり、
下野国薬師寺は道鏡が左遷された寺でもあります。

この3つを本町三戒壇または天下三戒壇という。

南都六宗

南都六宗(なんとりくしゅう)とは

  • 三論宗(さんろんー)
  • 成実宗(じょうじつー)
  • 法相宗(ほっそうー)
  • 華厳宗(けごんー)
  • 律宗(りっー)
  • 倶舎宗(くしゃー)

の総称です。

法相宗

法相宗(ほっそうしゅう)は、
道昭(どうしょう)が唐の玄奘(げんじょう)に学んで伝えた学派。

この学派の義淵(ぎえん)のもとからは、
奈良時代に活躍する多くの僧侶が輩出された。

この学派からは行基・玄昉・道鏡などが有名である。

華厳宗

良弁らによって、華厳宗は東大寺を中心に広められた。

律宗

律宗は鑑真(がんじん)の渡来によって隆盛した。

建築

国分寺・国分尼寺

聖武天皇の時代を参考。

南都七大寺

以下の7寺である。

  • 元興寺(がんごうじ)
  • 法隆寺
  • 薬師寺
  • 大安寺(だいあんじ)
  • 興福寺
  • 東大寺
  • 西大寺

法隆寺

夢殿・伝法堂

夢殿(ゆめどの)や伝法堂(でんぽうどう)は
奈良時代の代表的建築物。

法隆寺伝法堂は橘三千代(たちばなのみちよ)の家を移築したもの。

興福寺

興福寺の前身は、
藤原鎌足が創建した山階寺(やましなでら)。

平城京遷都の年に藤原氏の氏寺である厩坂寺(うまやさかでら)が、
移建されて興福寺と寺名を変えた。

ちなみに藤原氏の氏神は春日神社である。

東大寺

東大寺法華堂

毎年、法華会が行われている天平時代の仏像を納めた東大寺の建築。

東大寺転害門

東大寺の創建時代から現存する唯一の門。

東大寺大仏殿

盧遮那仏を安置している殿堂。

西大寺

西大寺は恵美押勝の乱の鎮圧を祈念して、道鏡政権下で、称徳天皇が創建した。

唐招提寺

唐招提寺は南都七大寺ではない。鑑真が唐より招かれ、唐招提寺を開いた。

彫刻

仏像彫刻の技法

塑像

塑像とは

塑像(そぞう)は粘土を固めてつくる技法。

主な塑像の仏像
  • 「日光・月光菩薩像」(にっこう・がっこうぼさつぞう/東大寺法華堂)
  • 「執金剛神像」(しっこんごうじんぞう/東大寺法華堂)

乾漆像

乾漆像とは

乾漆像(かんしつぞう)は漆や麻布を固めて像の表面を形成。

主な乾漆像の仏像
  • 「不空羂索観音像」(ふくうけんじゃくかんのんぞう/東大寺法華堂)
  • 「阿修羅像」(あしゅらぞう/興福寺)
  • 「鑑真和上像」(がんじんわじょうぞう/唐招提寺)

絵画

  • 正倉院の「鳥毛立女屏風」(とりげりゅうじょのびょうぶ/ちょうもうりゅうじょー)…世俗画、美人画。
  • 薬師寺の「吉祥天像」(きっしょうてんぞう・きちじょうてんぞう/吉祥天画像・ーがー とも)…美人画要素持つ仏画。
  • 「過去現在因果経」(かこげんざいいんがきょう)…現在最古の絵巻物。

工芸品

百万塔陀羅尼

百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに/百万塔陀羅尼経・ーきょう)は
小さな三重の百万塔とよばれる木製の小塔に、
陀羅尼経という印刷経典を納めたもの。

称徳天皇の発願によって造られた。

この印刷物は年代の明確な世界最古の印刷物といわれる。
木版なのか鉄板なのかは意見がわかれている。

教育制度

律令時代の教育機関として、
中央に大学(だいがく)、
地方に国学(こくがく)が設置された。

式部省が管轄。

大学

大学では五位以上の貴族と、
東西史部(やまとかわちのふひとべ)の子弟が学んでいた。

教科

儒教の四書五経などの経典を学習する明行道(みょうぎょうどう)や、
律令などの法律を学ぶ明法道(みょうほうどう)、
歴史などを学ぶ文章道(もんじょうどう/平安時代に紀伝道・きでんどう)、
算道(さんどう)を学んだ。

国学

国学では郡司の子弟を学生に採用した。

私設図書館

石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)は、
日本最初の公開図書館として芸亭(うんてい)で自らの蔵書コレクションを公開した。

「芸」は本来は草冠ではなく、十が二つ並んだもの。

文学・史書

古事記

712年に、
太安万侶(おおのやすまろ)によって
古くから伝わる帝紀と旧辞を
天武天皇が点検され、
これを稗田阿礼(ひえだのあれ)に暗唱させたものを
筆録した歴史書が古事記(こじき)である。

紀伝体で記されている。
神代から推古天皇の頃までの記述がある。
元明天皇に献上された。

日本書紀

720年に
天武天皇の子・舎人親王(とねりしんのう)によって編纂された歴史書が
日本書紀(にほんしょき)である。
漢文で編年体で記されている。
神代から持統天皇の頃までの記述がある。
元正天皇に奏上された。

風土記

713年に風土記(ふどき)が成立。
各地の自然や物産、歴史、風俗などを筆録したもの。
出雲・常陸・播磨・肥前・豊後の風土記が現存。
出雲国風土記はほぼ完全な状態で現存している。

懐風藻

751年に成立。
現存最古の漢詩文集。

奈良時代の代表的詩人に石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)や
淡海三船(おうみのみふね)、長屋王(ながやおう)などがいる。

唐大和上東征伝

淡海三船は
唐大和上東征伝(とうだいわじょうとうせいでん)という
鑑真の伝記の著者である。

万葉集

770年、日本最古の歌集・万葉集(まんようしゅう)が
大伴旅人(おおとものたびと)の子・大伴家持(おおとものやかもち)らによって成立。
約4500首の歌が収めれている。

漢字の楷書や行書を仮名として利用した
万葉仮名(まんようがな)で書かれている。
なお、大伴家持の歌集が最も多く作品が収められている。

東歌

東歌(あずまうた)は万葉集に収められている東国民謡。

防人の歌

防人の歌(さきもりのー)は
九州に兵士として送られた東国農民の歌。

万葉集に収められている。

貧窮問答歌

貧窮問答歌(ひんきゅうもんどうか)は
山上憶良(やまのうえのおくら)が
筑前守だった頃に書かれたもの。

万葉集の第5巻に収められている。

里長に厳しい税の取り立てで、
当時の人々の苦しんでいる生活実態が長歌として書かれている。

山上憶良が筑前守だったころ、
九州・大宰府の大宰帥だった
万葉歌人・大伴旅人は山上憶良に刺激を与えたといわれる。

正倉院と宝物

正倉院(しょうそういん)は東大寺にある校倉造(あぜくらづくり)という建築様式の宝庫

校倉造

宝物

  • 螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんごげんびわ)
  • 銀薫炉(ぎんこうろ)
  • 白瑠璃碗(はくるりのわん)
  • 漆胡瓶(しっこへい)
  • 楽毅論(がっきろん)(光明皇后の書)
  • 雑集(ざっしゅう)(聖武天皇の書)

社会事業

光明皇后の設置施設

仏教思想に基づいて設置。

悲田院

悲田院(ひでんいん)は
光明皇后が平城京に設けた救済施設。
孤児・貧窮者を救済するところだった。

施薬院

施薬院(せやくいん)は
光明皇后が平城京に設けた救済施設。
医療を行った。

和気広虫

和気広虫(わけのひろむし/法均・ほうきん と号した)
は孤児養育などを仏教思想にもとづいて行った。

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