南北戦争①開戦の背景~経済と奴隷をめぐり戦うまで~

アメリカ合衆国の発展

2016年1月現在、アメリカ合衆国は大統領選挙が粛々と準備されつつありますが、共和党は過激な差別発言で知られるトランプ氏が有利に立っています。しかし、奴隷解放を主張したのは一体どこの党だったのでしょうか?

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合衆国内の南北経済的利害対立

19世紀なかば、米国は途方もない成長の時代を経験していたが、米国の北部地域と南部地域の間に利害対立が存在していた。

南部地域

主張

経済政策

南部地域は小規模農業が中心

農産物をヨーロッパに輸出し、その代わりにヨーロッパの工業製品を輸入することが目標。

そのためには自由貿易制度が必要であり、各州が独自の政策を取れる州権主義に基づく、地方分権を望んだ。

奴隷制度への立場

奴隷制度維持することを主張。

南部地域では綿やタバコなどのプランテーション(大農園)を経営するために、黒人奴隷に依存しており、黒人奴隷は必要であった。

北部地域

主張

経済政策

北部地域は商工業が中心

そのためにはイギリス製品を国内から排除する必要があり、保護主義政策が必要だった。
その政策を実行するには連邦主義に基づく、中央集権的な政府を作る必要があった。

奴隷制度への立場

奴隷制度糾弾する立場。

北部地域は1840年以降、産業革命が進展。商工業が発展しており、自由な労働力確保を期待していた。

戦争までの流れ

1820年以前、奴隷を肯定する奴隷州と奴隷を否定する自由州はそれぞれ11州ずつで勢力が拮抗していた。

ミズーリ協定

1820年、南北両地域は、北緯36度30分以北に生まれる新しい州を自由州、以南に生まれる州は奴隷州とすることで互いに妥協。

1850年の妥協

米墨戦争の結果、アメリカに編入されたカリフォルニア・ニューメキシコについて南北間で激しく対立する。

「偉大なる妥協者」とも呼ばれる政治家・ヘンリ・クレイ(1777~1852/当時73歳の高齢)は「1850年の妥協」を執り行う、南北対立回避のためにカリフォルニア州は自由州として連邦に参加する。その代わり逃亡奴隷法(逃亡奴隷取締法)が強化されることなどが決められた。

また、ニューメキシコ州は住民の決定を待つこととなる。

Henry Clay.JPG

ヘンリ・クレイ

カンザス・ネブラスカ法

西部地域に新しく生まれたカンザスとネブラスカの両地域の取り扱いについて定めた法律。

1854年にカンザス・ネブラスカ法は成立する。
奴隷州と自由州の決定は住民投票に委ねられ、ミズーリ協定は破棄されることとなる。この法律は南部地域に有利にはたらいた。

共和党の誕生

危機感をもった北部地域は同年、ホイッグ党を進歩的に解消し、それを発展させた共和党を結成する。

ストウ夫人「アンクル=トムの部屋」

1852年、黒人奴隷を主人公とする「アンクル=トムの小屋」を執筆。黒人奴隷を主人公とする物語。これにより、北部地域では黒人奴隷制度反対の世論が高まった。

ドレッド・スコット判決

当時、南部地域から北部地域へと黒人奴隷が逃亡するのを助けた地下組織・アンダーレイルロードが活発に活動していたが、腸を煮え繰り返した南部地域側が最高裁判所の判断を求めた。

1857年、奴隷が自由州に逃げても解放されないという最高裁判決が出る。つまり、国内の奴隷制は合法だと認められた。

南部地域側の主張が認められ、北部地域は激しく抗議した。

ジョン=ブラウンの武装蜂起

急進的解放論者であったジョン・ブラウン(John Brown 1800~1859)はヴァージニア州において1859年、武装蜂起を行う。反乱は失敗に終わり、絞首刑にされた。

まとめ

こうした南北間の対立は大統領選を経て、戦火を交えることとなる。

 

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