日本人はどこから来た?

最近の研究で、沖縄と中国は陸続きではなく、大きな海があったと言われています。そのため、速いスピードで潮が流れていました。なぜ、渡れたかがわかれば、日本人のルーツがわかると言われています。

20人を超える冒険者や研究者たちが3年にわたって、研究しました。

海部さん

机の上で考えているだけじゃわからない。身を持って体験しないとわからないこともあると思うので、

2週間にわたって、練習してきた人々が荒波をわたります。

海部さんたちは見守るだけです。

今回の実験は日本人のルーツにかかわる新発見があいついでいるからです。

海で隔てられた島々で旧石器時代の人骨が相次いで発見されました。
これらの人骨のDNAを研究すると、中国南部や東南アジア系の人種だと考えられます。

当時の縄文人は世界最高水準の航海技術があったと考えられています。

プロジェクトの一員島出さんは、

たまたま流れ着いてしまったというよりは、計画的な移住としか考えられないとのことです。

では、どうやって渡ってきたのでしょうか。

まず、最初に考えられたのは丸木舟です。
しかし、沖縄では石器が見つかっていないので却下。

草船が最終的に残りました。ヒメガマという植物を使って船が作られました。
草を刈るのは貝殻で行います。沖縄の遺跡でよく発見されているからです。

なぜ、このような実験を?

海を超えて沖縄にわたるってよっぽどですよね。
僕らは祖先のことを過小評価していると思うんです。

星や太陽の位置や島の位置などで、

証拠のある縄文のかいを使ッテ行います。

港川人は身長は155cmぐらいの人。今の人たちとつながっているところはあるでしょう。私たちと同じホモ・サピエンスですから。

与那国島を出港してから、予想以上に潮がはやく、北へ流されてしまいました。進路を修正するには太陽の位置ぐらいしかありません。

最近の研究では、祖先たちはもっと過酷な環境で航海していたと考えられます。
プランクトンの化石の研究などから当時は黒潮の流れがもっとはやく、風も強かった可能性もあります。

りゅうせいさんは、困難な海を渡った先祖たちを誇りに思う気持ちが背中を押しました。出港から8時間、船の進路はさらに北へと流されていきます。

海部さんは、修正が難しいという決断を出し、伴走船で運ぶことをきめました。
3万年前の祖先たちはいったいどうやって渡ったのでしょうか。

謎を解決しようとしたが、謎がさらに深まってしまった。

海部さん、

1つは海は難しい。当時の海流は厳しいもので、草船では渡れるものではなかった。先祖たちはなにかの秘策があった。来年の台湾からの渡航は黒潮をわたります。8月に成果発表会を行う予定なのです。

祖先たちはできたんだから、私たちもできるはずです。

 

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