版籍奉還~その意味と行った理由~

明治時代
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版籍奉還とは?

土地と人民を天皇に返すことです。

版籍とは?

  • ・・・版図(はんと/支配領域のこと)
  • ・・・戸籍(人民のこと)

版籍奉還の思想

王土王民論

すべての土地とすべての民は国王のものだ!

という考え方。

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版籍奉還の中心人物

薩摩藩出身の大久保利通と、長州藩出身の木戸孝允でした。

版籍奉還の流れ

薩長土肥

大久保利通と木戸孝允の強い勧めによって、

薩摩藩・長州藩・土佐藩・肥前藩の4藩が先に返還します。

各藩の説得者

  • 薩摩藩(藩主・島津忠義/しまづただよし)…大久保利通
  • 長州藩(藩主・毛利敬親/もうりたかちか)…木戸孝允
  • 土佐藩(藩主・山内豊範/やまのうちとよのり)…板垣退助
  • 肥前藩(藩主・鍋島直大/なべしまなおひろ)…大隈重信(おおくましげのぶ)

他藩の申し出とその理由

薩長土肥の4藩が手本を見せると、
ほかの藩主も奉還を申し出ました。

申し出の理由

①借金の肩代わり

ほとんどの藩が、幕末に財政が悪化していました。

そこで、新政府が借金を肩代わりしてくれるものと思い、
奉還を申し入れに至ったのでした。

②知藩事

藩主は肩書を知藩事と改めただけで、
依然として、藩政を継続していました。

③家禄の継続

藩主は、知藩事と名を変えたあとも、
従来通り、家禄(かろく、給料のこと)も従来通り10分の1を受け取ります。

まとめ

版籍奉還では中央集権にはなりませんでした。

次の廃藩置県に続きます。

廃藩置県(1871年)-中央集権国家に向けて-
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