フランス革命⑨テルミドールのクーデタと総裁政府

フランス革命とナポレオン

前回、
ロベスピエールの個人独裁体制が成立しました。

フランス革命⑧~山岳派の独裁と恐怖政治~
前回、国王は処刑されました。 しかしながら諸問題は解決されず、 民衆の不満は高まっていました。 ジロンド派の政権は、 この危機に対処できていませんでした。 ジロンド派議員の追放とジャコバン派の独裁 1793年6月...
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テルミドールのクーデタ

封建的特権の無償廃止の影響

前回、封建的特権の無償廃止により、
土地を得たフランス農民は、
これ以上の革命を望まず、保守化していきました。

革命派内部の権力抗争

1794年以降革命派内部の権力抗争が激化します。

彼は同志だったジャコバン派であったエベールやダントンも
それぞれ3月、4月に処刑しました。
また、科学者のラヴォアジェも徴税請負人だったために処刑しました。

テルミドールのクーデタ

1794年、テルミドール月9日。

議会の保守派(反ロベスピエール派)によって、
ロベスピエールを捕らえて処刑しました。

この事件をテルミドールのクーデタといいます。

このテルミドールのクーデタによって、
恐怖政治は終わり、国民公会では保守派が主導権を握るようになります。

公安委員会の権限は縮小されました。

また、ジャコバン派は解散しました。

サンキュロットらは抑え込まれ、
反革命派や王党派が台頭するのでした。

1795年憲法と総裁政府

1795年、国民公会は新憲法を制定します。

新憲法では、
財産資格による制限選挙が復活し、議会は二院制になります。
新憲法下のもとで、総裁政府が成立し、
ジャコバン独裁時代に実施された様々な経済統制は撤廃されます。

バブーフの陰謀

1796年政府を打倒し、
平等主義のもと共産主義社会の建設を訴えるバブーフの蜂起は失敗に終わります。

左派と右派は毎年のように、
クーデタを引き起こします。

カンポ・フォルミオの和約

第1回対仏大同盟の中、
フランスは対外勝利を続けていきます。

オランダを征服し、95年プロイセンと講和。

ナポレオンのイタリア遠征の勝利で、
オーストリアとカンポ・フォルミオの和約を結び、
第1回対仏大同盟は崩れました。

フランス革命リスト

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