古代インド・東南アジア

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ジャワ

ジャワ島の概要 ジャワ島はインドネシアの中心にあって、人口密州地域。ジャワ島はおよそ3分の1ずつに分けれる。西部はスンダ地方と呼ばれていて、スンダ人と呼ばれる人たちが暮らしている。残りはジャワ人が暮らしている。 初期王朝・カリンガ 首都・バ...
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スマトラ

港市国家の中国への入貢 港市国家…港町を拠点に交易をもとに国家形成した国家の呼称。 スマトラ島のパレンバン(ジャンビ)を都としたマラユ(摩羅游国)が644年中国に朝貢した記録が残っている。 港市国家シュリーヴィジャヤ 7世紀 スマトラ...
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ベトナム北部の古代史

ベトナム先史時代 畑作文明に生まれた黄河文明に対して、 長江流域の稲作地帯には越人が住んでいた。 越人は呉・越・楚などの国を建国し、 南下して青銅器〜鉄器文化を北ベトナムに伝えた。 青銅の太鼓の銅鼓(どうこ)を代表とするこ...
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スコータイ朝

タイ系諸族 ベトナム北部からビルマ東北部にかけて住んでいる。 歴史的背景 南詔国とタイ系民族の南下 7世紀半ば頃より、南詔国の都・大理周辺で暮らしていたとされるが、 その辺りより東南アジアに南下し、バーンと呼ばれる小さな村落を作っ...
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ミャンマー(ビルマ)

1世紀頃 イラワディ川(エーヤワディー川)中流域にはチベット=ミャンマー語族のピュー人(驃人/ひょうじん)(テュルチュルと自称)が 都市国家を作っており、南部にはモン人が住んでいた。 ピュー人 プローム地方を中心に生活していた。ビル...
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モン人~忘れられた東南アジアの原住民~

年代バラバラですいません。 ドヴァーラヴァティー ミャンマー南部・タイ中部西部などに住んでおり、 チャオプラヤ川(メナム川)一帯にはモン人が住んでいた。 ドヴァーラヴァティーはそのモン人の国。 ナコンパトムが主邑であった。...
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古代カンボジア

古代カンボジア 港市の成立 起源前後からインドの東南アジアなどへの進出が活発になった。理由はカースト制の排除を目指す仏教布教などがある。インド人の海洋進出者は地中海世界の人間が買ってくれる黄金、香料、樹脂などを求めて、東南アジアへやって...
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インド諸王国の抗争

ヴァルダナ朝 606年 ハルシャ・ヴァルダナ王(戒日王)が北インドを統一し、 カナウジを都にヴァルダナ朝をおこす。 この王のもとナーランダー寺院で学んだ玄奘は 王に好待遇を受け、西域旅行記を書いた。 唐はチベットの吐蕃に対抗するために、 ハ...
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グプタ朝

チャンドラグプタ1世による北インドの統一 320年ころチャンドラグプタ1世によりガンジス川中流域の パータリプトラに都を置いて北インドを統一し、グプタ朝が起こった。 なお、マウリヤ朝のチャンドラグプタとは血縁関係はない。 サムドラグプタの...
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クシャーナ朝と仏教の新展開

西北インドではマウリヤ帝国崩壊後、異民族が侵入。 まずはじめにやってきたのは前2世紀初めのバクトリア王国のギリシア人。 バクトリア王国の本土を失うと、パンジャーブ地方に拠点を移した。 前150年ごろ 仏教文献「ミリンダパンハ-(ミリンダ王の...
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