アジアの古典文明

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古代インド・東南アジア

ミャンマー(ビルマ)

1世紀頃 イラワディ川(エーヤワディー川)中流域にはチベット=ミャンマー語族のピュー人(驃人/ひょうじん)(テュルチュルと自称)が 都市国家を作っており、南部にはモン人が住んでいた。 ピュー人 プローム地方を中心に生活していた。ビル...
古代インド・東南アジア

モン人~忘れられた東南アジアの原住民~

年代バラバラですいません。 ドヴァーラヴァティー ミャンマー南部・タイ中部西部などに住んでおり、 チャオプラヤ川(メナム川)一帯にはモン人が住んでいた。 ドヴァーラヴァティーはそのモン人の国。 ナコンパトムが主邑であった。...
古代インド・東南アジア

古代カンボジア

古代カンボジア 港市の成立 起源前後からインドの東南アジアなどへの進出が活発になった。理由はカースト制の排除を目指す仏教布教などがある。インド人の海洋進出者は地中海世界の人間が買ってくれる黄金、香料、樹脂などを求めて、東南アジアへやって...
古代インド・東南アジア

インド諸王国の抗争

ヴァルダナ朝 606年 ハルシャ・ヴァルダナ王(戒日王)が北インドを統一し、 カナウジを都にヴァルダナ朝をおこす。 この王のもとナーランダー寺院で学んだ玄奘は 王に好待遇を受け、西域旅行記を書いた。 唐はチベットの吐蕃に対抗するために、 ハ...
古代インド・東南アジア

グプタ朝

チャンドラグプタ1世による北インドの統一 320年ころチャンドラグプタ1世によりガンジス川中流域の パータリプトラに都を置いて北インドを統一し、グプタ朝が起こった。 なお、マウリヤ朝のチャンドラグプタとは血縁関係はない。 サムドラグプタの...
古代インド・東南アジア

クシャーナ朝と仏教の新展開

西北インドではマウリヤ帝国崩壊後、異民族が侵入。 まずはじめにやってきたのは前2世紀初めのバクトリア王国のギリシア人。 バクトリア王国の本土を失うと、パンジャーブ地方に拠点を移した。 前150年ごろ 仏教文献「ミリンダパンハ-(ミリンダ王の...
古代インド・東南アジア

マウリヤ朝

前4世紀頃 ガンジス川流域でマガダ国がナンダ朝のもとで発展を続けて、前4世紀半ば全流域を統一。 インダス川は 前520年ごろアケメネス朝のダレイオス1世の征服にあい、属州となる。 前326年アレクサンドロス大王が北西インドに進出征服。 マウ...
古代インド・東南アジア

十六大国時代のマガダ国と新思想~ジャイナ教と仏教~

前6世紀 アーリヤ人はガンジス川中流下流域へと移った。 ジャイナ教と仏教 コーサラ国をマガダ国が滅ぼし、インド北西部に覇を唱えた。 ジャイナ教 クシャトリヤ出身のヴァルダマーナは 不殺生戒の遵守と肉体的苦行による霊魂の解...
古代インド・東南アジア

インド古代文明

アーリヤ人(インド・ヨーロッパ語族、印欧語族)は 前1500年頃にカイバル峠(ヒンドゥークシュ山脈=インド人を殺す山)を越えて 西北インドパンジャーブ地方に侵入 部族を率いる首長はラージャンと呼ばれた。 権利は部族会によって制約。 ...
古代インド・東南アジア

インダス文明とは?~特徴と場所と成立から滅亡の原因まで~

インダス文明とは? インダス文明はインダス川流域に 前2300~前1700年頃栄えた青銅器時代の都市文明。 南インドに先住したドラヴィダ人によって作られたと云われる。 最初に見つかった遺跡からハラッパー文明とも呼...
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