帝国主義とアジアの民族運動

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帝国主義と列強の展開

フランスの植民地一覧

ビスマルクの巧妙な外交戦略により、 ヨーロッパで孤立してしまったフランスは、 植民地拡大政策をうってでたと前回お伝えしました。 そこで、今回はフランスが支配した植民地を一覧形式でまとめています。 本記事では、第二...
帝国主義と列強の展開

フランスの帝国主義政策と2つの事件~ブーランジェ事件・ドレフュス事件~

フランスでは、重化学工業の発達が遅れ、 国内での有利な投資先が少なかったために、 金融業と海外投資を中心に銀行の資本力を武器とした帝国主義政策がとられました。 第三共和政のフランス 1875年、第三共和政憲法が成立します。 そ...
帝国主義と列強の展開

イギリスの植民地一覧

イギリスは人類誕生から21世紀現在に至るまでに大きな繁栄を手に入れ、「太陽の沈まない国」として20世紀前半は覇権を握りました。功罪あるなかイギリスが支配した地域を一覧形式でまとめました。 アジア イエメン イスラエ...
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帝国主義と列強の展開

アイルランド解放運動とイースター蜂起~土地問題を巡って~

クロムウェルの侵略 クロムウェルの侵略以降、 土地の多くがイギリス人地主のものとされました。 アイルランド人は貧しい小作農家となっていました。 カトリック教徒解放法 1829年、カトリック教徒解放法が成立します。 これは...
帝国主義と列強の展開

イギリスの帝国主義の時代~自由貿易の帝国主義・世界の銀行~

19世紀後半のイギリスは自国産業の市場確保を目指して、 世界各地に侵…進出していきました。 自由貿易の帝国主義(非公式の帝国) イギリスが海外進出の際に、 直接、イギリスの政治的・領土的支配下に治めるよりも、 必要に応じて、 強...
世界分割と列強対立

エチオピア戦争とイタリア=トルコ戦争~イタリアのアフリカ適当進出~

イタリアのアフリカ植民地 イタリアは1880年代に、スエズ運河以来、 戦略的重要性が増していたエリトリアとソマリランドを獲得しました。 エチオピア戦争 エリトリアやソマリランドの獲得に乗じて、 その間に位置するエチオピアも征服し、...
世界分割と列強対立

ドイツ植民地帝国とドイツによる二度にわたるモロッコ事件

ドイツはイギリス・フランスの接近に不安を感じていきます。。。 ドイツのアフリカ植民地 1884年に開かれたベルリン会議以降、 カメルーン、東アフリカ(タンガニーカ)、 西南アフリカ(ナミビア)、トーゴランドの 領有権を獲得しました...
世界分割と列強対立

ファショダ事件と英仏協商~英仏間の緊張と友好~

スーダンで発生したマフディーの反乱を鎮圧したキッチナー将軍率いるイギリス軍は南へ進軍して、 スーダンのファショダに到達します。一方、コンゴからナイル川の上流を目指した マルシャン率いるフランス軍もファショダに到達しました。 1898年、英仏が衝突したのです。これをファショダ事件といいます。
世界分割と列強対立

イギリスのアフリカ侵略~どんどん食われるアフリカの土地~

19世紀以降、アフリカはどんどん欧米各国に植民地されていきます… イギリスやフランスやポルトガル、ドイツやイタリアなどの各国に分割されていきました。 今回はイギリスのアフリカ侵略についてみていきます。 イギリスの侵略 エジプ...
世界分割と列強対立

ビスマルク仲裁の「ベルリン会議」~アフリカ分割に向けて~

今なお、アフリカでは紛争が絶えませんが、 それはかつてのヨーロッパの列強が、 自分たちのルールで現地の人達のことを考えず、 分割したからです。 今回はその最初の踏み出しについて話します。 アフリカ探検とアフリカへの注目...
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