世界分割と列強対立

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世界分割と列強対立

エチオピア戦争とイタリア=トルコ戦争~イタリアのアフリカ適当進出~

イタリアのアフリカ植民地 イタリアは1880年代に、スエズ運河以来、 戦略的重要性が増していたエリトリアとソマリランドを獲得しました。 エチオピア戦争 エリトリアやソマリランドの獲得に乗じて、 その間に位置するエチオピアも征服し、...
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ドイツ植民地帝国とドイツによる二度にわたるモロッコ事件

ドイツはイギリス・フランスの接近に不安を感じていきます。。。 ドイツのアフリカ植民地 1884年に開かれたベルリン会議以降、 カメルーン、東アフリカ(タンガニーカ)、 西南アフリカ(ナミビア)、トーゴランドの 領有権を獲得しました...
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ファショダ事件と英仏協商~英仏間の緊張と友好~

スーダンで発生したマフディーの反乱を鎮圧したキッチナー将軍率いるイギリス軍は南へ進軍して、 スーダンのファショダに到達します。一方、コンゴからナイル川の上流を目指した マルシャン率いるフランス軍もファショダに到達しました。 1898年、英仏が衝突したのです。これをファショダ事件といいます。
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イギリスのアフリカ侵略~どんどん食われるアフリカの土地~

19世紀以降、アフリカはどんどん欧米各国に植民地されていきます… イギリスやフランスやポルトガル、ドイツやイタリアなどの各国に分割されていきました。 今回はイギリスのアフリカ侵略についてみていきます。 イギリスの侵略 エジプ...
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ビスマルク仲裁の「ベルリン会議」~アフリカ分割に向けて~

今なお、アフリカでは紛争が絶えませんが、 それはかつてのヨーロッパの列強が、 自分たちのルールで現地の人達のことを考えず、 分割したからです。 今回はその最初の踏み出しについて話します。 アフリカ探検とアフリカへの注目...
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