僧侶

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平安時代後期

仏教の衰退と大寺院の僧兵による荘園争奪戦

白河上皇の天下三不如意の中には、 山法師というのが入っていました。 これは延暦寺の僧兵だといいました。 つまり、天台宗の総本山延暦寺でさえ、 僧兵を使ってでも、収入をとりもどさなければならないほど、 仏教的な権威が衰退して...
平安時代中期

平安時代の国際関係と刀伊の入寇

9世紀から10世紀にかけての東アジアの動乱の結果、日本は積極的な孤立政策をとるようになる。安史の乱などによって荒れ果てた中国には訪れる意味はなく、宋の時代になっても国交は開かれなかった。しかし、民間の貿易は盛んになっていった。  また、女真族が攻めてくるこれを刀伊の入寇という。
平安時代初期

弘仁・貞観文化~建築・彫刻・絵画・書道・教育・漢詩・史書編

密教は弘仁・貞観文化~密教編~を参考にしてください。 建築 室生寺 延暦寺も金剛峰寺も女性の参詣が認められていなかった。そんな中、女性の参詣を認めた寺として、「女人高野」(にょにんこうや)という異名をとった室生寺(むろうじ)が有名。 ...
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奈良時代

天平文化の特色とは?宗教から社会起業家まで!!

天平文化の概要 特徴 天平文化(てんぴょうぶんか)は、 盛唐文化(せいとうぶんか)の影響をうけた グローバルな文化です。 天平文化は聖武天皇の時代の年号にちなんで付けられました。 国家仏教 鎮護国家 鎮護国家(ちんごこっ...
奈良時代

恵美押勝と道鏡

大仏開眼供養 752年、孝謙天皇(こうけんてんのう)の時代に 盧遮那仏(るしゃなぶつ)が完成。 開眼供養の盛大な儀式は東大寺大仏殿で催された。 大仏開眼供養の開眼導師をつとめたのはインド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)。 仏教...
奈良時代

聖武天皇の時代

初期の政治 律令国家の支配組織や長屋王と藤原四子を参考にしてください。 藤原四子の死後の政治 藤原四子は天然痘でこの世を去ったあと、皇族出身の橘諸兄(たちばなのもろえ)が政権の実権を握り、唐から帰国した吉備真備(きびのまきび)と玄昉(...
平安時代初期

弘仁・貞観文化~密教編~

平安時代初期の約100年間の弘仁・貞観文化の時に、密教が隆盛を極める。 弘仁・貞観文化とは? 弘仁・貞観文化は晩唐の影響を受けた神秘的で暗いイメージ。894年の遣唐使廃止まで。 密教 桓武天皇の立場 桓武天皇は仏教が政治に深く関わること...
平安時代初期

長岡京と平安京の確立

光仁天皇の治世 光仁天皇の即位 770年、称徳天皇(女帝)の崩御後、 藤原式家の藤原百川(ふじわらのももかわ)らの策略によって、 天武天皇系の皇統に代わって、 天智天皇の孫である天智天皇系の白壁王(しらかべおう)が即位し、 光仁...
隋・唐時代の繁栄

隋唐時代の宗教

儒教 魏晋南北朝時代はそんなに発展しなかったが、 科挙が始まると、これまで行われてきた訓詁学を 整理する必要性が出てきた。 こうした中、太宗の指示を受け、孔頴達(くようだつ/こうえいたつ)は 公定注釈書である「五経正義(ご...
魏晋南北朝

北朝の北魏~北魏から隋にいたるまで

北魏 道武帝(在位388年~409年) 前秦が淝水ひすいの戦い(383年)で敗北したことをきっかけに、 配下の諸部族が次々と独立しました。 このときに鮮卑族の拓跋部・拓跋珪は、 代王に即位して、ついで魏王となりました。 三国...
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