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歴史教育

三好元長の死~和泉の一向一揆・足利義維の失脚~

前回のあらすじ 中嶋の戦いの背景  堺公方府の河内国守護・畠山義宣 (はたけやまよしのぶ/義尭(よしあき)、義英(よしひで)の子)と 河内守護代・木沢長政(きざわながまさ) の対立が原因です。 153...
平安時代中期

平安時代の国際関係と刀伊の入寇

9世紀から10世紀にかけての東アジアの動乱の結果、日本は積極的な孤立政策をとるようになる。安史の乱などによって荒れ果てた中国には訪れる意味はなく、宋の時代になっても国交は開かれなかった。しかし、民間の貿易は盛んになっていった。  また、女真族が攻めてくるこれを刀伊の入寇という。
徳島

阿波商人と江戸時代~前略編~

阿波国の中心地 戦国時代末期の中心地=勝瑞(しょうずい)…三好長慶(みよし・ながよし/ちょうけい)の居城。旧の吉野川に近い場所にあった。 三好長慶が京都・堺にも勢力を伸ばしていたことも考慮すると、 川や海で堺とつながっていたことが解る。 ...
戦国時代

明応の政変

1493年4月22日、 細川政元が足利義稙(よしたね)の代わりに、 足利義政の異母弟・足利政知の子、 香厳院清晃(きょうごんいんせいこう)を将軍に擁立した。 23日、その旨を朝廷に奏上した。 擁立の経緯 2月15日、足利義稙...
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