戸籍

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明治時代

版籍奉還~その意味と行った理由~

版籍奉還とは? 土地と人民を天皇に返すことです。 版籍とは? 版・・・版図(はんと/支配領域のこと) 籍・・・戸籍(人民のこと) 版籍奉還の思想 王土王民論 すべての土地とすべての民は国王のものだ! とい...
平安時代中期

延喜・天暦の治~醍醐天皇・村上天皇の治世~

公平な人事が行われ、学問が興隆した時代。 醍醐天皇の時代 延喜の治とは 醍醐天皇の治世(897年~930年)を延喜の治という。これは当時の年号の「延喜」をとったもの。延喜という年号は三善清行(みよしきよゆき)によって901年が辛酉の年にあっ...
飛鳥時代

律令国家の税制

 民衆の管理 戸籍・計帳 政府は、全国の人民を戸籍(こせき)・計帳(けいちょう)に登録することによって、 律令体制を末端にまで浸透させようとした。 参考内部リンク 改新の詔を参考 戸籍 戸籍は,戸を単位として人民一人一人を...
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飛鳥時代

わが国における律令国家のしくみ~大宝律令の完成~

大宝律令の完成 息子が早世した持統天皇(じとうてんのう)は、孫の文武天皇(もんむてんのう)に譲位し、藤原京での即位後、持統太上天皇(ーだいじょうー)と藤原不比等(ふじわらのふひと)主導のもと、刑部親王(くさかべしんのう)を総裁として、新た...
飛鳥時代

持統天皇の時代

持統天皇(じとうてんのう)の時代(690~697) 持統天皇の即位とその背景 天武天皇(てんむてんのう)の死後、皇后の鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ/うののさららのおうじょ)は、称制(即位せず、政務を行うこと)をして、自らの子で皇...
飛鳥時代

天智天皇の時代

天智天皇の即位 中大兄皇子は長い間斉明天皇の死後、皇太子のまま政治を行う称制で政務を行っていたが、668年即位して天智天皇(てんじてんのう)となる。 新羅の朝鮮統一 この年、唐・新羅連合軍は高句麗を滅ぼした。670年から両者は...
飛鳥時代

大化の改新~改新の詔~

当サイトでは、大化の改新を乙巳の変と改新の詔に分けております。         改新の詔の要点は、公地公民制で国土と国民は天皇のものになったこと、国郡里という行政区画を作ったこと、戸籍が作られるようになったことや租庸調をはじめとする税制の変更などがあげられます。
宋の中央集権化

宋の社会

形勢戸と官戸と佃戸 唐末から台頭してきた宋代の新興地主層は形勢戸と呼ばれ、そのうち官僚を出した特権階級層は官戸という。官戸は戸籍に明記され、差役の免除など役の減免などの特権が一代に限って与えられた。彼らは大土地所有者たちで、彼らの土地を荘...
平安時代初期

地方と貴族社会の変貌

偽籍(ぎせき)・・・戸籍に税負担の少ない女としてわざと登録すること。 これは、8世紀後半から農民の間で格差が生まれ、 税負担から逃亡・浮浪する農民が多くなった。 しかも、その人達を寺院や貴族が大規模所有する土地に受け入れを進めた。 その後、...
隋・唐時代の繁栄

玄宗の開元の治

武韋の禍をおさめた 玄宗は第6代皇帝に即位しました。 28歳の若さでした。 意欲的に政治に取り組み、当初は 開元の治と呼ばれる善政を行いました。 都の長安は空前の繁栄を見せており、 文化は爛熟期を迎えていた。 律令...
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