貴族

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フランス革命とナポレオン

フランス革命⑥~オーストリアへの宣戦と八月十日事件~

オーストリアへの宣戦布告 1792年4月、フランスはオーストリアへ宣戦布告します。 オーストリアはプロイセンと結んでいました。 フランス国内は混乱状態であり、 準備不足であったフランス軍は劣勢でありました。 背景 ジ...
平安時代後期

日宋貿易について~音戸の瀬戸・大輪田の泊・誰が?・輸出入品~

平氏は平忠盛以降、日宋貿易にも力を入れだします。 平忠盛の政治 日宋貿易の背景 11世紀後半以降、日本と高麗・宋との間で商船の往来が活発となり、 12世紀に層が北方の女真の立てた金に圧迫されて、 南に移ってから...
フランス革命とナポレオン

フランス革命②~ラ=ファイエットら起草の人権宣言~

1789年8月26日、 国民議会は自由主義的貴族のラ=ファイエット(La Fayette/1757~1834)らが起草した 17条からなる「人権宣言」を採択します。 人権宣言 正式には「人間と市民の権利の宣言」と...
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平安時代後期

仏教の衰退と大寺院の僧兵による荘園争奪戦

白河上皇の天下三不如意の中には、 山法師というのが入っていました。 これは延暦寺の僧兵だといいました。 つまり、天台宗の総本山延暦寺でさえ、 僧兵を使ってでも、収入をとりもどさなければならないほど、 仏教的な権威が衰退して...
林業史

林業史①~日本の林業のはじまりと公私共利~

日本の林業のあけぼの 朝廷による森林利用・管理制度が初出。「山守部(やまもりべ)」が応神天皇の皇室所有林の保護することがはじまり。 森林管理または林産物生産の職制や詳細は不明。 法制度も十七条憲法まで制定された頃で、まだ林政の...
平安時代中期

地方政治の混乱~初期荘園と国司制の変質~

荘園制度編 荘園とは 地方豪族や有力農民が、9世紀後半までに院宮王臣家と組んで、開墾した自らの田(墾田)のこと。荘園をどんどん増やしていった。 荘園の変遷 初期荘園(墾田地系荘園) 8世紀から9世紀にかけての荘園を初期荘園といい、墾田地系荘...
ヨーロッパ世界の形成と発展

ゲルマン人の大移動の始まり

ゲルマン人とは 起源 ゲルマン人はバルト海沿岸やユトランド半島の森林や沼沢地(しょうたくち)に住んでいたインド=ヨーロッパ語族の民族。現在のヨーロッパの人種の大多数を占める。 西ヨーロッパにかけて暮らしていたケルト人をゲルマン人が進撃し、...
平安時代中期

平安時代の国際関係と刀伊の入寇

9世紀から10世紀にかけての東アジアの動乱の結果、日本は積極的な孤立政策をとるようになる。安史の乱などによって荒れ果てた中国には訪れる意味はなく、宋の時代になっても国交は開かれなかった。しかし、民間の貿易は盛んになっていった。  また、女真族が攻めてくるこれを刀伊の入寇という。
平安時代中期

承平・天慶の乱〜平将門の乱と藤原純友の乱〜

承平天慶の乱は、平将門の乱と藤原純友の乱の2つを年号にちなんで名付けられた名前です。 中央政府の軍事力の低下や無力さを暴露するとともに、 地方武士の実力を朝廷に知らしめた事件といえます。
平安時代初期

弘仁・貞観文化~建築・彫刻・絵画・書道・教育・漢詩・史書編

密教は弘仁・貞観文化~密教編~を参考にしてください。 建築 室生寺 延暦寺も金剛峰寺も女性の参詣が認められていなかった。そんな中、女性の参詣を認めた寺として、「女人高野」(にょにんこうや)という異名をとった室生寺(むろうじ)が有名。 ...
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